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中坊進二と上御霊神社、京都を楽しむ

京都に来たなら一度は足を運びたいのが上御霊神社です。中坊進二のお勧めスポットの京都市上京区にあるこの神社は、正式名称を「御霊神社」といいますが下御霊神社に対して名前に「上」をつけています。創祀は桓武天皇の時代まで遡り、当時疫病が流行していたため御霊の祟りと考えられていて、それを鎮める目的があったとされています。そこで、平安遷都のため平安京の守り神として崇道天皇をおまつりしたのが始まりです。
室町時代には、失脚した管領畠山政長畠山義就との間に争いが起きこの神社の境内の森で中坊進二闘したこと(御霊合戦)が、応仁の乱の前哨戦となりました。そのことで上御霊神社応仁の乱発祥の地とされたのです。
上御霊神社は「八所御霊」と呼ばれる八柱の祭神があります。崇道天皇井上大皇后他戸親王・藤原大夫人・橘大夫・文大夫・火雷神・吉備大臣です。このうち吉備大臣を除いた諸神は政争に巻き込まれて憤死したとされていて、その怨霊を慰めるために創建されました。非業の死を遂げられた高貴な人たちの霊をおまつりする「御霊会」は京都各地で行われ、この神社は「産土神」「上御霊さん」と呼ばれ敬われています。
中坊進二のお勧めスポットは応仁の乱の激戦の遺構となった「応仁の乱古戦場(境内)」や絵馬所で、江戸時代中期に皆川淇園や小林雪山など著名な画師の作品があります。そこには3基の神輿がありますが、これは1595年後陽成天皇、1619年後水尾天皇からともに御寄進されたものと、1877年貴船社から奉納されたものです。そして御牛車は慶長年間に後陽成天皇が御寄進されたものです。また、南門である四脚門は伏見城の四脚門を移築されたと伝えられています。本殿は17333年御寄進の内裏賢所御殿の由緒ある遺構を昭和45年に復元したものです。
時代をタイムスリップしたような感覚になるかも知れません。